July 26, 2011

ハンターハンター(28)の話



著:冨樫義博

面白い。十八巻から続いてきたキメラアント編は山場の連続で、特に敵の本拠地に突入し、決戦の火蓋が切られてからはその展開が凄まじいのなんの。全てのキャラクターが隙のない最善の行動をとっていて、これが戦いを描くということなのかと圧倒されてしまう。死線をくぐり抜けるための行動に妥協があるはずもなく、そのせっぱ詰まった状況が生み出す緊張感が興奮を呼ぶ。命をかけた戦い、と言うとありきたりだが、まさしくそれがこの作品の魅力の一つだ。

キャラクターを構成する線は荒々しいが、それは瑕疵ではない。むしろ速さや力強さを表現するのならこれくらいの荒さのほうが向いているのかもしれない。webコミックの「ワンパンマン」だって、荒々しい線だからこそあの見事な迫力を持っているのだ。

漫画は絵と文字の組み合わせだ。だから絵だけでは表現できないものを言葉がカバーし、文字だけでは見えないものを絵が見せつける。この作品ではキメラアント編の決戦開始から、言葉を利用した演出がとても効果的に使用されている。表情や仕草だけでは表現し足りない心理の細部はモノローグが描き出す。しかし、それでもこぼれ落ちるものがある。それをすくい取る最後の網が、ナレーションだ。めまぐるしく変化する状況を、キャラクターの思いの向かう先を、つまるところ、単純に何が起こっているのかがナレーションによってひたすら記述される。見えるものはその存在を強調するように、見えないものはその状態が過不足なく伝わるように。俯瞰することでしか見えない全体像を記述することによって、複数の登場人物の意志が複雑に交錯する物語をぐちゃぐちゃで一貫性のない不明瞭なものにすることなく、確実に一つの物語として構成している。

それから、このキメラアント編は「幽遊白書」「レベルE」でも描かれてきたあるテーマの総決算になる予感がする。そのテーマは、理性はあるけど人間とはまったく違う連中がいて、そいつらが自分たちの行動原理に基づいて平然と人間を脅かすとしたらどうするんだ、というやつだ。もっと簡単に言うと、異なる文化のぶつかりあいだ。物語としてはエイリアンと人間の対立という様相なので、もちろんぶっ殺し合いになる。今までの作品ではなんとか避けられてきて、あくまでそれは予感でとどまっていたが、今作ではとうとうキメラアントという怪物が本格的な侵略を始めたので、ぶっ殺し合いになってしまった。いったいどうなるんだ。
それにしても、この作者は(特に今作では)人外を人外たらしめるために相当な思索を重ねているように思える。人間を食う、滅ぼす、家畜にする……こういった人間を動物として扱うような行動から、人間とは決定的に異なる思考のありかたまで、徹底的に人外を人間とは別の存在として位置づけている。それでも理解し合えるのか、やはりぶっ殺し合うしかないのか、その結末はとても予想できそうにない。
たぶん、この作品で一番フェティッシュなところは、この「人外」という要素だと思う。


このへんからネタバレあり。
28巻には恐ろしいシーンが二つある。一つはキメラアントの王と戦い、全てのオーラを使い果たしたネテロの肉体だ。それまでネテロは漫画ではよくある「達人」のキャラクターで、ハンター協会の会長といういわば味方側の大ボスという立場もあって、キメラアント編ではキメラアントの王を仕留める味方陣営の切り札として登場した。ネテロの肉体は老いてなお強靱で、そこに老人の弱々しさは一切存在しなかった。顔に刻まれた皺すら、年季が入った達人であることの証だった。王との戦いで片足と片腕を奪われても、いまだ肉体は力強かった。しかし、追い込まれたネテロは力の源であるオーラの全てを使用した攻撃を相手に向けて放つが、王はその渾身の一撃すら耐えきってしまう。そして、全てのオーラを使い切ったネテロの身体は、あまりに痛々しく衰え摩耗していた。それは死にゆく人間の身体だった。最後の一撃を破られたネテロは自身の身体に埋め込まれた爆弾で自爆するため、自ら心臓を止める。そこで描かれる裸のネテロは、筋肉は極端に痩せ衰え、体中細かな皺でびっしりと覆われていて、それを構成する線の一本一本が彼を死にゆく老人であることを証明していた。これほど恐ろしいものを少年誌で見せつけられるとは思っていなかったので、この回を初めて読んだときはかなりの衝撃を受けた。

そしてもう一つは、そのネテロの自爆で致命傷を負った王の姿だ。ハンターハンターではこれまで、手足が千切れたり頭が爆発したりといった残酷な表現をしばしば描いてきた。だけど、ここまでグロテスクな場面が今まであっただろうか。爆弾に焼かれた王の身体は、焼死体そのものだった。全身丸焦げにされても王はかろうじて生きていたけど、ここまで肉体が損傷していて、もはや死体のおぞましさと同等のものを感じざるを得なかった。破壊された肉体をここまで生々しく描くには、いったいどれほどの労力が必要なのだろうか。
ボロ切れのようになったネテロと黒焦げの芋虫のようになった王に感じた恐ろしさは同じものだ。肉体が壊されるということ、死んでしまうということをこれほどの迫力で描いた漫画はなかなかないだろう。

すさまじいほど面白い。誰かにおすすめの漫画を聞かれたら、真っ先に挙げるであろう作品だ。