March 10, 2011

東方プロジェクトの話

うまく語れない。STGとして語るには俺の知識と腕前が足りないし、元ネタならWikiを見れば事足りる。キャラ語りはキャラにあまり思い入れがないうえに二次創作ものはまるで知らない。消費のされかたなんかは俺が語れたことではないし、そもそもさっき書いたように二次創作界隈の知識がない。それにそのあたりの話は苦手だ。だからといって物語について語れるのかというと、全てのエンディングを見るほどの根性がないのでこれもだめだ。
なので適当に見えているところだけ語っていく。変な電波を発するに違いないので、アルミホイル必須。
そういえば書籍は求聞史記と儚月抄(漫画版と小説版)しか持ってないんだよな。香霖堂が未読なのはいろいろ致命的な気がするけど、まあいい。とにかく適当にやる。



・東方紅魔郷

吸血鬼狩り。これって東洋から見た西洋のイメージなんだろうか。たぶんそうだ、というか日本にいる人間が作ったゲームなんだからそうなるのは当たり前といえば当たり前なのか(卑怯な論理だ)。幻想郷は地理的には日本だしな。「幻想入り」というシステムはあくまで日本における「幻想」が入ってくるのであって、きっと海外の幻想はそっちの幻想郷的な場所が受け入れてるんだよなー、という感覚がある。いや、そんな設定ないだろうけど、なんとなくイメージとして。逆に言えば日本でもポピュラーだったら海外のものだとしても何でも入ってこれるということだ。
その先陣として吸血鬼様御一行というのはすごくいい選択だと思う。文化的異物と感染のイメージにより侵入者であることの必然性を持っている。レミリアの吸血鬼としてのイメージが支配者としての西洋とダブるのは、日本(咲夜)と中国(美鈴)を従えているせいか。咲夜はモデルが切り裂きジャックだろうから西洋側だけど。そもそも支配者のしてのイメージは美鈴のテーマ「明治十七年の上海アリス」から来ているところが大きい。レミリアが美鈴を従えているところが、上海租界や清仏戦争といった西洋の東洋進出と重なるのだ。意図しているかしていないかは別として(たぶんしてない)、東方プロジェクトにはこういう風にイメージが符合していくものが多い。それは恐らく「吸血鬼」とか「妖怪」とか「神話」といった抽象度の高い要素が共鳴しやすいせいだろう。登場するキャラクターはみな、より多くの概念を包括する概念をそのまま擬人化しているような感じる。「巫女」や「魔法使い」といった要素に固有の人格をあたえキャラクターとして成立させているというような具合だ。オカルトの膨大な文脈が直にキャラクターと接続されているので、土台の強さが、彼女たちの背後にある得体の知れないものが強力に感じられる。また、スペルカードというシステムもキャラクターの魅力を引き立てるのに一役買っている。スペルカードはキャラクターの持つ象徴的な要素と接続されていて、相互的にそれらの魅力(こういうのを「強度」って言うのか?)を高めている。
それからミステリ関連の元ネタも多い。「そして誰もいなくなった」みたいな古典を除けばだいたいノベルス系が元ネタなんだよな。このへんは神主の趣味が出ていて面白い。
ところで誰か紅魔館の建築様式がどこらへんのものなのかわからないだろうか。外観は求聞史紀とか儚月抄に乗ってるので、誰か詳しい人たのむ。内装はさっぱりだ。
……紅魔郷はこんなところか。もう特に言えることはないな。こんなもんなのだ。



・東方妖々夢

オカルトそのものを元ネタにすると同時に、紫の「あらゆる境界を操る程度の能力」みたいなオカルトを客観的に分析する民俗学の重要な概念であるところの「境界」を持ってきてるように、あるものを取り入れたらその外部情報も含めて取り入れるようなところが東方の特徴的なところだ。前の項で書いたように、「吸血鬼」とか「妖怪」のような概念としてあるものを作品に取り入れるとき、単なる属性の一部としてだけではなく外部情報もまるごと取り込んでいる。先の例でいえばオカルトに対する民俗学だ。それから今更だけど、東方が持ってきているのはオカルトじゃなくて「幻想」だ。ここでいう幻想が何なのかについては儚月抄のときに書いたので省く。と、もう書くことがない。妖々夢の話を全然していないな。桜が死と象徴的に結びつけられた意匠として使われているのに軍国主義のイメージが全く見えない、というか省かれているところは流石だと思う。それから「生と死の境界」はあとで儚月抄でも取り上げられる。そこで語られるのは死を司る幽々子にもってこいのエピソードだ。
橙、藍、紫の三人の名前が光の波長から取られているのもいい。俺の中ではある種のサブカルチャーに相性のいい学問というのが勝手に設定されていて、光学もそれに含まれる。他には天文学、量子力学、あとはクオリアとかそのへんの領域が含まれる。今気づいたが、どれも似たような哲学的問いに絡んでくるな。そういう理屈でカテゴライズしていたのか。たぶんこの手の学問を物語の要素として使っている人たちは、そういう方面を指向しているのだろう。



・東方永夜抄

この永夜抄~儚月抄ラインが伝奇的に一番フェチい内容になっている。しかし儚月抄のときに大方書いてしまったので、何を書いたらいいかさっぱり思いつかない。輝夜の「永遠と須臾を操る程度の能力」で異なった歴史を複数持つことができる(求聞史記)こととか、慧音の「歴史を創る程度の能力」とか見ると、「歴史」というものに対するスタンスがここでいう「幻想」とほとんど同義の扱いになっているように思える。それは創作物であり、ただの認識の一つであり、改変すら可能で、常にifを指向している、現実でありながら虚構と表裏一体の存在である、というのが伝奇における歴史という概念の解釈だ。伝奇はフィクショナルなものを集めた物語だというのは俺の勝手な定義付けにすぎないが、わりと間違っていないと思う。もちろん東方プロジェクトはこの中に入る。
東方における歴史は先に述べた伝奇的な解釈と同一で、フィクショナルなものとして扱われている。霊夢のテーマ、少女綺想曲の解説にある「今回のゲームの裏テーマは「幻想と言う名の古き記憶」です。」という記述の「幻想と言う名の古き記憶」は「歴史」とダブる。細部に関していえば、慧音の弾幕が語る記紀の時代から人間宣言まで続く神話的存在としての天皇ともにある歴史と、ありえたかもしれない可能性を見出せる分岐点。出雲神話の一片であり古事記には収録されているが日本書紀には記述のない、因幡の白兎という物語を元にした因幡てゐというキャラクターの存在。八意永琳のスペルカード、覚神「神代の記憶」と神符「天人の系譜」。輝夜の能力は「異なった歴史を複数持つことができる」ということ。藤原不比等(竹取物語に登場する車持皇子のモデル)と血縁関係(五女?)であることが示唆されている、歴史の裏から生み出された藤原妹紅という少女。どれも歴史というものが持つフィクション性に関わるものだ。加えて竹取物語という日本最古のフィクションは幻想と歴史を近似のものとして語るこの作品の下敷きにもってこいの題材だ。
極めつけは鈴仙・優曇華院・イナバと月にまつわる物語。彼女の名、鈴仙(冷戦)・優曇華院(竹取物語)・イナバ(因幡の白兎)だけでも多岐にわたる情報に接続されていることが明確にわかる。特に、月が人間の侵略にあった際、幻想郷に降りてきた彼女の名が「レイセン」であったことは興味深い。一番明確な由来は「冷戦」だ。月の民と人間の戦争は、冷戦時に行われたアポロ計画による人類の月面進出を伝奇的に解釈した、幻想サイドから見た宇宙開発であることは「月に自分達の旗を立て、自分達の物だと言って好き勝手やっている」ということや、八意永琳のスペルカードに天呪「アポロ13」があること(計画の失敗が幻想サイドの作為によるものだということが示唆されている)ことから見て取れる。人間の侵略により月から逃げ出してきたウサギにレイセンと名付けられていることは、事の発端、この幻想を創り出しているものが冷戦であるからに他ならない。
それから、前にも書いたがアポロ計画の持つ魔的なイメージは、前人未踏であり神秘の地だった月の幻想を打ち消したことだけではない。それは歴史を創り出すという神話を紡ぐことや歴史書を編纂することと同等の行いだったのだ。アポロ計画は幻想を破壊するという理性的で現実的な一面と、歴史を紡ぐという幻想とともにある魔的な一面を併せ持っていた。永夜抄ではこの二面性をうまく利用して、一方は幻想の敵として、もう一方は「幻想という名の古き記憶」として物語に取り込んでいる。



続きは機会があったら。
この東方プロジェクトってのは基本、変な話で、ババババーと弾幕が飛んでくる画面の裏にはいい意味で居心地の悪い物語が潜んでいる。それは大量に引用されたオカルトが生み出す奇怪な曼荼羅であり、異文化がひしめく地に住まう少女たちの会談であり、幻想という死者たちの叙事詩なのだ。そういったものが紡ぎ出す心地のいい違和感が、たまらない。