February 16, 2011

戦闘破壊学園ダンゲロスの話

小説。著:架神恭介。
暴力シーンが読みたかったので。
それ以外の理由を一切持たずに購入した。どういう話かというと、人間を超えた肉体と固有の特殊能力を持った「魔人」が存在する世界の魔人がたくさんいる学校で、番長グループと生徒会グループがぶち殺しあう話。あと「転校生」とかいう魔人よりも身体能力のスペックが高いイレギュラー的な存在も数人出てきて、ぶち殺しあう。終始ぶち殺しあう。この魔人と転校生という奴ら、山田風太郎の忍法帖シリーズにおける「忍者」と同じで、簡単に言うと変態だ。とにかく強くて、変態的な特殊能力を持っている。そんな奴らがぶち殺しあうのだからこれはもうたまらん。


と、思ったがどいつもこいつも特に活躍することなくあっさり死ぬのでインパクトがない。たぶん登場キャラのほとんどが能力の説明をされた瞬間が見せ場のピーク。これが出オチってやつか。ほとんどのキャラが能力を発揮することなく一瞬でやられるので、面白そうな能力の奴が出てきてもどうせ活躍しないんだろ、みたいな諦念が徐々に高まっていく。それから登場人物の抱えている別のキャラとの因縁とか愛憎とかがかなりの紙面をとって描かれるのだが、さっき言ったようにどいつもこいつもあっさり死ぬし、そのうえたいした見せ場もないので、特になにも思うところがない。最初にこの物語はTRPGのリプレイだ、的な説明が入ってキャラメイクをやってるような描写が入るので、本編でキャラクターがどんな行動を取ろうともまったく感情移入できないし、心情もどうでもよく思える。もちろんこれは小説の欠陥でなく俺の物語を認識する能力の欠陥なので、どうしようもない。メタフィクション的な展開で作中のキャラクターとその一段階上のキャラクター(前者をキャラクターとして認識している人物)が出てきて、ましてや後者が前者を操っていたり、前者が後者の世界における物語の一部であるような描写がされたとき、俺の場合その「下」のほうにいるキャラクターの心情が完全にどうでもよくなる。どっちにしろフィクションなのにな。俺の中でこの認識にはいろいろめんどくさい定義があってがあって、たとえば物語に世界を動かす存在(神的なヤツ)が登場しても、その世界と相互的な影響があるのなら普通の物語として読めるが、完全に一方通行の、世界を動かしているやつが動かされているやつの行動にまったく影響されないような話だと、動かされているやつらの描写がどうでもよくなる。要するに操られている人間が操っている人間を認識せず、そのまま物語が進んでいくような状況だと、操られているほうの心境に関心が持てなくなるのだ。だって操られてるじゃん! と、思ってしまう。いや、この「戦闘破壊学園ダンゲロス」は、そんなことどうでもいいからバトルしようぜ! みたいなノリで読んでいくべきなんだと思うが、さっき書いたようにみんなあっさりやられてしまうので、あんまり戦闘シーンに魅力がない。もしかしたらこれ戦闘シーンじゃなくてキャラクターの人間関係と、変態的な特殊能力に萌え萌えするような話だったんじゃないか。だとするとバイオレンスだけを求めて購入した俺に向いていないのも当然である。それからキャラクターの心情が個人的な理由によりどうでもよくなってしまったことも、不運としか言いようがない。


たぶんこの本は俺みたいにひたすら戦っているシーンが読みたいだけの奴に向けて書かれたのではなく、アンチ異能バトル(アンチミステリ的なニュアンスで)みたいなのが読みたい人に向けて書かれたのではないだろうか。内容も忍法帖シリーズのパロディといった感じだし。というわけで俺には向いていなかったけど、普通の能力バトルものに飽きたひと、現代を舞台にした忍法帖シリーズが読みたい人、変態が大好きな人におすすめです。何しろ(能力も人格も)ほとんど変態な奴らしか出てこない。ハードなエロスもあるよ。あと左氏のイラストもかっこいい。


なんか愚痴ばかりになってしまったな。もっと褒めればよかった。なんだかんだ言ってるけど俺のフェチな部分にたまたま合致しなかっただけで、面白くないわけじゃない。たぶん続きが出たら買うしな。ひたすら悪ふざけやってるような話なので、悪ふざけが好きなひとはぜひ。

  1. hitoushi posted this