February 7, 2011

萌える伝奇

最近気がついた。伝奇は萌える。伝奇とは、簡単に言うとオカルト要素のある物語のことである。というわけで、どこらへんが萌えるのかということを独断と偏見と少々の現実逃避願望をおりまぜて書いていこうと思う。こういうことを考えているときはだいたい嫌な思考に陥らなくてすむのでよい。娯楽によし、健康によし。それが伝奇なのだ。
問題は俺がろくすっぽ伝奇を読んでいないことで、知識の幅はびっくりするほど狭い。なにしろ、夢枕獏も菊地秀行も読んでいないのだ。
伝奇がどんな話なのかはノベルス版「空の境界」(著:奈須きのこ)の上巻の巻末にある、笠井潔という人の「山人と偽史の想像力」という解説が詳しいので、ルーツを知りたいひとはこちらをぜひ。
ここで挙げるものの中には、いや、それは伝奇と関係ないんじゃないか、というようなものがあるかもしれないけれど、俺の伝奇観はやたらとだだっ広いのでご容赦いただきたい。自分がジャンルを判断するときは明確なルールによるものではなく、なんとなくこいつはこれらのなかに含まれるな、といった直感で決めている。届け電波。



・血
特殊な家系や異種族の血をひいているなど、伝奇には出自にかかわる話が多い。中でも「山人」というかつて日本に存在した、山を拠点として生活している人々の末裔、生き残りであるという設定はしばしば登場する。この「山人」というのは柳田國男が提唱した概念で、日本の先住民であるという主張がされていたが、どうやらそれは怪しいものだったらしく、柳田による研究は断念されている。伝奇においてはしばしばそれが事実ということになっていて、「山人」は皇国史観に対するアンチテーゼとして登場することが多い。こういった主流から外れたものたちが登場するのは、伝奇の王道パターンと言える。
他にも陰陽師の家系だったり人狼、半人半獣などといったバリエーションがたくさん存在する。生まれながらにして背負わされた運命と戦うというのは熱い。
某オカルト雑誌の読者コーナーでおなじみの「前世」もこの流れにあてはまる。生まれ変わりだとか転生だとかいった事物を持ってくれば、家系や一族を介さなくても有無を言わさず業がクリエイトされる。すごいやりかただ。
ところで伝奇ではおなじみの吸血鬼、吸血し感染するように同族を増やしていくというイメージがあるが、生まれつき吸血鬼であるというパターンも多い。



・歴史改変
俺の中では伝奇と言ったらこれ、くらいの重要度を持っているのがこの要素だ。簡単に説明すると、実際の歴史とは異なる歴史があったという仮定の上で成り立っている物語のことを指す。要するにうその歴史だ。例を挙げると、例えば日本人の祖先はムー大陸人だったとか、徳川家康の跡継ぎは忍者の決闘で選ばれただとか、ヒトラーは実は生きていたとか、さっき挙げた「山人」もこのジャンルに入る。
歴史をねじまげて起こらなかったものを起こったこととして描くのが歴史改変ものだが、伝奇においては○○に○○が発明されていたら、というような公然の出来事を描くのではなく○○の裏には実は○○の暗躍があった、というような事実を元にしたフィクションとなっていることが多い。架空の歴史でも、あくまで史実にそった描き方をされているのが伝奇の面白いところだ。
それからフィクサーの存在。伝奇において歴史を作り出すのは彼らの仕事だ。黒幕がいなければ物語は始まらない。歴史を動かせるものたちは、オカルトすら牛耳る強者なのだ。
それから信憑性のほとんどない「偽書」や、その偽書に書かれている「偽史」を真実のものとして扱う伝奇も数多く存在する。裏側に真実を見出すのも伝奇の王道パターンと言える。



・オカルト科学
いわゆる疑似科学のたぐいだが、かつてはそれが科学だったこともある。霊と交信できたり、物理法則を無視したりする。
最先端の科学は、オカルトと表裏一体である。トーマス・アルバ・エジソン、ニコラ・テスラ、キルリアン夫妻、ヴィルヘルム・ライヒ、フランツ・アントン・メスメルなど、多くの科学者が現在では顧みられない「異説」を作り出していった。エジソンは霊界と通信できる装置を作ろうとしていたし、テスラは地球をも真っ二つにできるという地震兵器を開発した。キルリアン夫妻はテスラコイルを応用して生体エネルギーを写真におさめた。ライヒはエロの力で雲をぶっとばすクラウドバスターというどうかしてるメカを作った。メスメルは精神病の原因は人体の持つ動物磁気の異常だとして、その理論に基づき患者の治療を行った。彼の名は後に催眠術(メスメリズム)の語源となる。
今からしてみればどこからどう見てもおかしいのだが、当時はそれが有効な「仮説」として存在していたのだろう。テスラに関してはほとんど怪しげなイメージしかないので、地球割れそうな気がする。テスラならやってくれる。
このへんの主流になれなかった科学というのはいかにもうさんくさいオーラをまとっている。もしかしたら当時は科学とオカルトの区別はたいしてなされていなかったのかもしれない。
よく考えたらあまり伝奇では見かけないな。タイトルを萌えるオカルトとかにしたほうがよかったか。でも科学じゃない科学というのはよく見かけるので、一応このままにしておこう。
それから永久機関だ。これを忘れてはいけない。全面的に間違っているがロマンだけはある一品だ。



・異境
伝説の土地。大地を空から眺められる飛行機や全世界を監視できる人工衛星が登場してしまった今では幻想でしかない、忘れられた異世界。ムー大陸、アトランティス、レムリア、シャンバラ、蓬莱、常世、桃源郷。地球空洞説なんてのもあった。もしこれらが実在していたら、というのが伝奇だ。挙げたものの半分くらいはドラえもんが制覇している気がする。すごいな。この場合F先生のメガロマニア的想像力(スケール的な意味で)を絶賛するべきか。大長編ドラえもんには伝奇に連なる想像力を持った物語が多いので、こういうのが好きな方はぜひ。
それにしても伝説の土地というものは極端な所が多いな。楽園か、海の中かだ。しかしどちらも今よりいい場所、今よりすごかった場所という羨望とともに語られる。そこが伝説でいるためのポイントなのかもしれない。ただのないものねだりかもしれない。



・スパイ
伝奇は歴史の裏側の物語だ。その「裏側」で暗躍する連中がいる。例えばヤクザ、忍者、魔術師、暗殺者、しかしその頂点に立つのは何と言ってもスパイだ。肉体は生き延びるために研ぎ澄まされ、敵を破壊するための格闘術をマスターし、あらゆる国の言語を操り、銃器の扱いはお手の物、戦車だろうがヘリコプターだろうが運転してみせ、時にはその人柄で秘密をもぎとり、いかなる極限状態においても泣かず、精神は常人とは比べものにならないほど鍛え上げられ、凄惨な拷問にも決して屈せず、いかなる惨劇に直面しようと表情一つ崩すことなく、時に優雅に時にクールに任務を遂行するその姿、まさしくスパイ、最強だ。変態的なアイテムもたくさん所持しているので、ほぼ無敵といっても過言ではない。
俺とスパイが戦ったとしよう、まず一秒で腕をきめられ、二秒で首筋をナイフがえぐる。三秒で血の海、四秒で失禁である。もしくは銃で撃たれて一秒で死ぬ。それくらいスパイは強い。もしもスパイに勝てるとしたら、それは武道の達人か超人的な力を持った人外の種族くらいであろう。だから伝奇はスパイにもってこいの舞台なのだ。ある一定の方向性を極めた人間というのはそれだけでドラマになるが、このスパイという奴は(主に物騒なことだが)ほとんどなんでもやってのける。だからかっこいいのだ。と、いうようなことが俺が伝奇とスパイ映画から覚えたスパイに関する知識の全てであり、以上の文章から俺の頭脳が馬鹿だということが判明したが、何ら問題ない。 
とにかく、スパイは歴史の裏側という舞台に向いている存在だしバイオレンスもできるので人外と戦える、伝奇というフォーマットにとても噛み合う存在なのだ。



・公務員
公務員萌えである。やいテメー、公務員のどこが伝奇なんだよと思われるかもしれないが実はこの公務員、オカルトには欠かせない存在なのだ。そもそも日本における魔的なものはその多くが官僚制というシステムの中で稼働してきた。祈祷や神事を行ったりするのは神祇官という機関の人物であったし、記紀神話の内容を収拾したのも律令制のもとで働く公務員たちの仕事だった。そうした儀式や神話を記録するのもまた公務であり、当時の神秘的なものたちは国のシステムの一部として立派に存在していた。陰陽師もまた官僚であり、彼らは公務として呪術を行った。神々の持つ力は明治政府の国家神道政策にも利用され、戦争が終結するまで神は国家の一部であり続けた。
だから伝奇にはオカルトの専門家としてしょっちゅう公務員が登場するのだ。それにしても、官僚制のもとで合理化されたオカルトというのはなんとも面白い。例えば菅原道真の話なんかは有名だ。災害や病を彼の死と結びつけ、祟りの原因である道真公を祀り、本来その時代では災害や病には対処不可能であるはずなのに対処できたということにしてしまい、なおかつそれが国家の力によるものであったということにできる無茶苦茶だが完璧に筋の通った祭祀というシステムはひとえに宗教的儀式が公務であったからこそ可能だったものであり、その合理性、使い勝手の良さはまさにミラクルとしか言いようがない。オカルトであることに無駄がまったくないのだ。
もっともこのシステムは時代が近代に向かって行くにつれ耐久度が減っていき、敗戦によって瓦解してしまうのだが。



・陰謀
歴史あるところに陰謀あり。伝奇とはは現実に存在するフィクションめいたものを全部ぶちこんだ物語とも言える。それなら伝奇に陰謀が登場するのは至極当たり前のことだ。そんな現実離れした、陰謀と名付けられることでかろうじて妄想との線引きをされているものたち。CIA、NSA、KGB、MI6、公安……スパイの世界は陰謀と隣り合っている。フリーメーソン、イルミナティ、、緑竜会、薔薇十字団、黄金の夜明け……時に国家すら裏で動かしていると言われるのがこの秘密結社たちだ。どうせ実体は見えないのだ、話はいくらでも大きくなるぞ。グーグルの検索欄にその名前を打ち込めばすぐにでも世界の真実にたどり着ける。なんて安い真実なんだ。陰謀の世界は暗号に似ている。一見雑多で無意味な情報のるつぼから幽かに浮き出てくる符丁をつかみ取れるものだけがその世界にたどり着けるのだ。ガイガーカウンターを持ってこい! 妨害電波に怖じ気づくな!
MJ12、MIBといった宇宙人関係も忘れてはならない。政府はすでに宇宙人と接触しているぞ。UFOの謎のテクノロジーはこいつらが握っている! スパイの出番だ。未確認技術を追え! 奴らは秘密結社と組んでいる、魔術攻撃に気をつけろ!
最高だな。うさんくささといかがわしさを大鍋で煮込み、怪奇電磁波で味付けしたのがこの陰謀というやつだ。理性の範疇に含まれないものを限りなく理論的に体系化し、共有アンド魔改造するとこうなる。その過剰さはどこまでもストレートで、もう陰謀が問題なんじゃなくて陰謀であってほしいと願っているようにしか見えない。かつて不可解なものを説明するのは神の役目であったが、今は陰謀がその役割を担っているのではないか。
アーネンエルベ、ロスチャイルド、ロックフェラー、300人委員会、バチカン……この世界に存在するあまたの陰謀。それらは伝奇において現実と物語とをつなぐ橋の役割を担っているのだ。
それから伝奇と陰謀史観が近いところにあるのは、時代が時代なせいでもあるかもしれない。六十年代から七十年代初頭に流行したの学生運動はアンチ皇国史観といういかにも伝奇の近いところにあるイデオロギーを扱っていたし、陰謀史観的な思想に流れていく人たちは数多く存在した。太田竜なんかはその代表だろう。学生運動には笠井潔や友成純一といった後に伝奇小説の書き手となる人物も参加していた。また、七九年には雑誌「ムー」が創刊している。陰謀とオカルトを混ぜ込んだこの本が伝奇に与えた影響は決して小さいものではないだろう。これらが八十年代の陰謀あふれる伝奇バイオレンスブームを用意していった。のだと思う。わりと適当な考察なので鵜呑みにはしないほうがいい。
どうでもいいが、俺の中で陰謀ものといえばでかいモニタというイメージがある。大量のモニタが並んでる司令室みたいなところの壁に、ばかでかいモニタがバーンと設置されていると、うおおお監視じゃディストピアじゃ陰謀じゃと興奮せざるを得ない。もちろん小さいモニタたちが密集しているのも、いい。



・量子力学
伝奇を読んでいるとシュレーディンガーの猫がどうのこうのとか観測がどうのこうのという話をよく見かける。これがなんでなのかさっぱりわからなかったのだが、六、七十年代に流行したニューエイジ(精神世界とかスピリチュアルとかそのへんのオカルトが、アメリカ西海岸あたりからヒッピーなんかとムーブメントになったもの)の中に「ニューサイエンス」というサブカテゴリがあって、東洋の神秘思想と科学を結びつけるような言説が流行したらしい。それはオカルト側からだけでなく、かつてボーアやハイゼンベルクといった学者のほうからも東洋思想と量子力学の類似性を語るようなことがあったため評価された。だからオカルトと量子力学の相性がいいのだろう。
と、思ったがそもそも物理学は神学に近い位置からスタートしている学問だし、最初からオカルトとの相性は完璧だったのか。フロギストンとかエーテルとか、ファンタジーでよく見かけるしな。よく考えたら学問はオカルトからスタートしていることが多い。化学だって発足当時は錬金術と変わらなかったはずだ。
ところで話が脱線するけど、ニューエイジとサイバーパンクってなんとなく関係あるような気がしませんか。いや、あまり関係ないのか。どちらかというと管理社会めいているのがサイバーパンクなのか? よく考えたら俺サイバーパンクもの全然読んでないしわかるはずもない。読んだのは順列都市くらいか。ハッカーものか管理社会ものかでサイバーパンクの雰囲気ってがらっと変わる気がする、前者の例えはさっき挙げた順列都市で、後者が攻殻。適当なことを言うのはこのへんでよしておこう。古典をちゃんと読んでいないことがばれるし、伝奇関係ないし。



・宇宙開発
この「萌える伝奇」に登場する要素は伊藤計劃の影響の元で選ばれたものがほとんどだ。伊藤計劃はSF作家で、映画が好きなことでも知られている。彼のブログや昔のサイトを読んでいたら、どうも面白い趣味を持っているということがわかった。「管理社会フェチ」で「査問会フェチ」で「陰謀史観フェチ」。昔のサイトの記述によると、「主な興味の対象は、スパイ、宇宙開発、官僚機構」だという。なるほどわかるぞ、こいつはたしかにそそる、特にスパイと官僚機構の魅力については彼がいなければ気づけなかった。というわけでリスペクトしつつ俺もひとつ語ってみようじゃないかというノリで始めたのがこの「萌える伝奇」だ。
というわけで宇宙開発。国家という歯車が噛んでいる以上宇宙開発とイデオロギーが不可分なのはその取り上げられかたを見ていれば一目瞭然だが、冷戦時代の宇宙開発には国力のプロパガンダや敵国への威嚇、というよりも神話を紡いでいるようなイメージがある。いや、神話と言うよりも歴史か。まるで二つの国がエンピツで歴史書にガリガリと己の筆跡を残しているような感じが、ソ連とアメリカの宇宙開発競争にはある。歴史を創り出すという行為がどことなく魔的に見えるのは、それが古事記や日本書紀を編纂するのと同等のものだからか。神々の力が科学にかわり、史実が誰にでも見える事実になっただけで起きていることは古代と一緒なのもかもしれない。そしてアポロ十一号は月へ到達する。これにより月の持つ魔力、神秘性は奪われた――というのが、アポロ計画の伝奇的な解釈(というか俺が勝手に抱いているイメージ)だ。スプートニク・ショックについてはよく知らない。宇宙空間よりも月のほうが強力な魔力を持っているように思えるから、やはりアポロ計画のほうが気になってしまうけど、共産圏の宇宙開発ってどこか奇妙な魅力を持っているのでそのうち調べてみたい。で、アポロ計画。こいつが歴史なら、もちろんその裏「偽史」が存在する。アポロ月着陸はうそだった、という都市伝説というか陰謀史観である。もちろん信憑性はまったくないが、この説はその存在をもって月の魔力を回復しようとしているように思えて、少しだけロマンを感じる。



大体こんなところに萌えている。
あとは旧日本軍とか民俗学も取り上げたかったのだが、いかんせん知識がないので断念せざるを得なかった。当時の軍部にはオカルトに傾倒している人物が少なくなかったようだ。民俗学については学問としてのオカルト探求という他にはない視点を持っている存在だが、表面的なことしか知らないので語るのはやめておいた。興味がある方は図書館で民俗学関連の書籍を読んだほうが正確な知識が得られるので、そっちをおすすめします。
というわけで、「萌える伝奇」でした。伝奇に漂う怪しげな雰囲気の魅力、もしくは俺の脳幹から放出している怪電波を感じ取っていただければ幸いです。
読んでいただいてありがとうございました。

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