January 20, 2012

ガガガ文庫流バランス調整術の話




なにが言いたいのかというと、要するに物語を勧善懲悪、悪い奴(嫌な奴)をやっつけてハッピーエンドという形にしない、という方法をガガガ文庫の何人かの作者が実践しているように見えた、ということだ。理由は作品ごとにあると思うので、それぞれ検討をつけていこうと思う。たぶんネタバレがある。



・うやむやにする

まず最初に登場するのは「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。(著:渡航)」だ。友達のいない人間が集まった奉仕部という部活動に所属する主人公とヒロインが、リア充とテニス対決をする。がんばれ友達がいない方、と思うわけだが、結局のところ勝負は何事かあってうやむやになってしまう。友達がいないのだからちょっとぐらいかっこつけさせてやってもいいじゃん、と言いたいところだがそれでは駄目である。なぜ主人公にカッコつけさせず、戦いをうやむやに終わらせたのか。これはこの作品が残念系と呼ばれるジャンルの作品だからに違いない。だから主人公もヒロインも、欠点のあるちょっと残念な性格のキャラクターなのだ。そんなキャラクターが活躍なんてしてしまっては、残念系ではなくなってしまう。そういうことでリア充との戦いはうやむやになったのだろう。これこそが残念系が残念系と呼ばれる由縁なのだ、と思う。



・ん?と思わせる

ご存じ田中ロミオの方法である。「AURA」「灼熱の小早川さん」でこの方法が使われている。AURAにはこいつが悪い!という敵がいるわけではないが、世間様との戦いの話なので、ここで紹介する。簡単に言うと、厨二病のヒロインが厨二病なせいで困った目に遭っているので助けよう、という話だ。どこらへんで、ん?と思わせているのかというと、もちろん最後の一文、最後の一言である。読んでもらえればすぐにわかる。この一文は「厨二のままとかナメたこと言わせねえぞ」という意味ではおそらくない。むしろ「これをやってようやくバランスがとれるんだ」といったところであると思う。厨二を肯定されてよかったね、そんな単純なハッピーエンドでは据わりが悪いと考えたのではないだろうか。

灼熱の小早川さんも同じ方法でハッピーエンドを周到に回避している。こちらはびっくりするくらい無茶なやりかただけど。この話はクラスの同調圧力がひどい方向に向かっていっているので何とかしよう、というあらすじだ。そこで出てくる問題解決の方法が、クラスの空気を悪い方向に持ってく奴をどうにかしよう、ということでどうにかするのだが、これがびっくりするくらい大勝利なのである。ぽかーんとしてる暇もないくらいあっさりとした、しかし完膚無きまでの大勝利なのだ。それこそ武勇伝じゃないか、という話だが、要するにウソ臭い。それまでのじわじわ来るような展開に対して、終盤でのいきなりの大勝利は過剰すぎるのだ。しかし、あのAURAの田中ロミオである。CROSS†CHANNELのあのラストを書いた田中ロミオである。わざとに決まっている。たぶんこの人は物語のバランスを重視して執筆している。ハッピーエンドでもバッドエンドでもないラストを目指している。それがどこからくるのか、ご都合主義に見えてしまうことを拒否しているのか、誠実であろうとしているのか、俺にはまだ決めつけることはできない。



・痛い目にあわせる

また「ペイルライダー(著:江波光則)」の話である。これが一番手っ取り早い方法と思われるが、完全に回避できているかというとちょっと怪しい。どういう方法かというと、主人公が痛い目にあっていれば完全にハッピーエンドとは言えないだろう、という手法。化物語なんかもこんな感じである。ペイルライダーの場合は脚一本。フィクションなのでこの代償が安いと思うか高いと思うかは人によるだろう。


ここで話は脱線する。ペイルライダーが面白かったので同じ著者の「ストレンジボイス」と「パニッシュメント」も読んだのだ。特にパニッシュメントのほうは上手く主人公を痛い目に遭わせていて面白かった(もちろん理由はそれだけじゃない)。それからちょっとバランス感覚が変わっているなと思った。

ライトノベルにしては珍しいなと思ったのは、顔面のクオリティに関する描写があるところだ。ライトノベルは一番顔の美醜から遠いジャンルだと思っていたから驚いた。こういうのもたまにはいい。

そして、一番変わってるなと思ったのは躊躇無く女の子を辱めるところだ。ラノベでこんなことやるのかとかなり驚いた。いや、ペイルライダーのときはバイオレンスな作風だしこういうものかと思ったんだけど、パニッシュメントのあれは、なんというか躊躇いがない。話を面白くするちょっとした小ネタくらいの感じでねじ込んでくるのだから、びっくりした。だって、エロゲ書いてたロミオ先生だってせいぜい小早川さんの頭にコンドーム風船を乗っけたり、ちょっと脱いだ写真をネットに上げて大変だと思わせたりと(大変だけど)、それくらいだというのに、この躊躇いのなさはびびる。ここまであっさりと、重大でもなければ矮小でもなく、ぽんとやっているのをラノベで読むのは初めてだ。このバランス感覚はすごいと思う。

それからあと弱者な。また田中ロミオとの比較になるけど、ロミオ先生は弱者をちゃんと描く。灼熱の小早川さんでは、クラスの暴力的な空気に小早川さんが立ち向かう。しかし小早川さんは弱者ではない。弱者はただ虐げられ、そして消えていく。それを田中ロミオはわかっている。だからそういうキャラクターをしっかりと配置する。立ち向かい、勝利してしまえばそれはもはや弱者ではない。だから弱者を弱者として描くには、何もできずただ虐げられ消えてしまうキャラクターを描くしかない。弱者をちゃんと描くということは、これもまたバランスの問題だ。小早川さんの過剰な勝利でハッピーエンドでもバッドエンドでもなくなった。だけど、それでもまだ、クラスが元に戻ってよかったね、なんて話にはしない。だって弱者は弱者として、そこからいなくなっているのだから。その二つの要素がこの物語のバランスを調整している。ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく。この微妙な「含み」が田中ロミオの持ち味だと思うのです。

で、江波光則はというと、弱者をさらにいじめる。これでもかって目に遭わせる。ここが江波光則の持ち味だと思う。どうせ弱者なんだ、一発ぐらい盛大に、派手にやられてみろや。こうくる。ある意味バランスが取れているのではないだろうか。こういうのもけっこういい。次はどう来るのか、新刊が楽しみだ。


結局脱線したまま終わったけど、書きたいことを好きに書いたので満足。


December 31, 2011

ペイルライダーの話



著:江波光則


籠絡されてしまった。
まず、表紙の女の子がかわいいということに警戒すべきだった。ライトノベルの表紙絵、そこに描かれているキャラクターを魅力的だと思ったことなんて、まずなかったのだから。

「孤高の青春破壊小説!!!」というオビの惹句はどう考えても間違っている。裏表紙の「転校経験豊富な享一は、他人と親しく接することはせず、最終的にはいつも人間関係を破壊してしまうような男だった」「担任教師の蒔絵が大学への推薦枠を餌に、生徒へ密告を奨励、相互監視によるクラス統治を試みていたのだ」「衝撃の展開が待つ、ノンストップ青春破壊小説!!」という文からは想像もできないくらいボーイミーツガールじゃねーか。びっくりだよ。
いや、もうちょっと凄まじい、というか大惨事みたいなのを想像してたからいけないのであって、決してひどい詐欺にあったような気分にさせられたわけではない。けっこうな惨事も起きてるし、むしろこれはこれで、というか良い。

まず主人公が良い。表紙の彼、どう見ても好青年とは言いがたい彼である。なんと彼はブロガー(どうかbloggerと発音して下さい)なのである。しかも映画の感想系ブログをやっているのだ。その上ブログ名が「プロジェクトメイヘム」。この時点でかなり好感が持てる主人公像であることがわかる。とあるアニメ映画を罵倒したらブログが軽く炎上してしまったというところもポイント高い。ちなみに彼は、学校では非社交的だがネット関係の人たちとは普通に仲睦まじく交流している。そんな彼がオフ会で好きなアニメ映画を聞かれ、真っ先に出した答えが「スキャナーダークリー」。いい趣味じゃねーか。国産のものではと聞かれると、「もののけ姫」。理由は「首も飛ぶ」からだと。このやりとりには大笑いしてしまった。どう見てもカタギではない。こういう友達が一人は欲しいものです。

それからヒロインだよヒロイン。この俺が女子高生にグッとくるとか、そうそうあることじゃねえぞ。しかし見ろよこの表紙の女の子を。片目が隠れる少し野暮ったい髪型と、クールな眼鏡。リュックサックをギュッと握る手。スカートは例によってうんざりするほど短いが、人形のように細く、ツヤを強調しすぎない塗りの脚。かわいいじゃねーか。しかもビジュアルだけでなく中身もいいなんてことがあっていいのか。自分のいる世界をちょっと遠くから眺めているような視点の持ち主で、気になった人にはいきなり自分の好きな漫画を渡してくる女の子なんて最高だろうが。こんな子なら久しぶりにボーイミーツガールな気分にもなってしまうだろうが。
それにしてもまさか、ちょうど俺が「この子階段から落ちないかなー」思っていたところで階段から落ちてくれるとは。びっくりしたよ。びっくりしすぎてウソかと思ったよ。書いてあることを疑ってしまったよ。この作者、読者の趣味がわかってやがるな、わかっていてなおかつそれを突きつけてくるとか、勇気がありすぎるな、なんてことを思ってしまった。このシーンの時点で俺は完全に籠絡されています。こういう子が階段から落ちる話、好きです。

あと暴力シーンが大変よかった。痛みだとか感触だとか、身体感覚に重点を置いた暴力描写はやっぱりいいですね。主人公はここで暴力を振るってほしいと思ったときに暴力を振るってくれるし。このあたりも籠絡された理由の一つだ。たまらんわ。

それから、オフ会によく出てくるつまらないブログを書くサラリーマンの話は、「ああ~」ってなった。

がんばろう。

November 25, 2011

ヒストリエ七巻の話



著:岩明均

ヒストリエ七巻が出た。
マケドニア王国の書記官、エウメネスの人生を描いた漫画である。
面白い。

もちろんアレクサンドロス大王も出てくるけど、まだ大王ではない。最近、筋肉モリモリでひげもじゃのアレクサンドロス大王が雷を放ち空を飛ぶ戦車に乗って敵を轢いたりするアニメがやっている。これも面白い。しかし、この作品に登場するアレクサンドロス大王は筋肉モリモリではないし、ひげもじゃでもない。美青年といった面立ちである。しかも、心優しい。決して「アララララーイ!!!」とか言いながら突撃なんてしないような温厚な性格の青年なのである。この温厚なアレクサンドロス王子が本当に世界を統べる大王になるのか、筋肉モリモリのひげもじゃになるのかと先が気になって仕方がない。

そしてエウメネス。今回もいい顔をする。というかみんないい顔をする。死体すらいい顔である。この漫画は登場人物誰もが「こんな顔をするのか!」と思わせてくれるようないい表情をする漫画なのである。こういういい顔が見られる漫画はなかなかお目にかかれない。そしていい顔を見た俺は笑う。俺はおもしろいと笑うのだ。だから面白い漫画を読んだときは終始ニヤニヤしている。時にはバカみたいにケタケタ笑いながら読むので、端から見たら気持ちが悪いと思う。しかし漫画が面白いので仕方がない。

この漫画の登場人物はみんな面白い。とても一筋縄ではいきそうもない、決してお近づきにはなりたくない連中ばかりなのである。そもそも主人公のエウメネスからしておかしい。何を考えているのかさっぱりわからない。読み進めていくと、どうやらこの男はこの広大な世界がどんなものなのか知りたいと考えているらしい。そこまでは納得できる。しかし、行動力がおかしい。奴隷の身分からいつのまにか強国マケドニアの書記官になってしまっている。本当に、いつの間にかなっていたという感じである。しかもエウメネスは、身の回りでしょっちゅう血なまぐさいことが起こるのに平然としている。これはちょっとおかしいなと思ったが、どいつもこいつもそんな感じなのである。時代のせいなのか。いつ誰が死んでもおかしくないような、殺伐とした世の中なのである。エウメネスもアレクサンドロスも、幼い頃に目の前で人が死ぬところを目撃している。そもそも奴隷なんてものが普通に存在する世の中だ。命が軽いのも当たり前なのかもしれない。恐ろしい時代だ。だけどそこが面白い。

それから、七巻ではついに投石機が登場する。あの、石を投げて遠くに飛ばす、投石機である。映画「グラディエーター」にも登場した、あの巨大な石を簡単にポイポイ飛ばす、投石機である。この漫画の作者、岩明均氏は前にも投石機が登場する「ヘウレーカ」という漫画を描いている。それに登場するアルキメデス先生が開発した投石機は、もはや重力子放射線射出装置かと思うほど恐ろしい兵器だった(人に穴が開くのだ)。おかしい。ヒストリエに登場する投石機は、「ヘウレーカ」のものほど巨大でハイテクではないにしても、十分恐ろしい。なにしろ人の頭サイズの石が普通に飛んでくるのだ。そんなものが当たったら痛いに決まっている。戦争だからといってあんな恐ろしいものを使うとは、世も末である。

あと、言葉遣いがみんなやたら軽い。昔なのに今の若者が喋ってるみたいで、そこがまた面白い。

August 14, 2011

ロボティクス・ノーツのストーリー予想


科学アドベンチャーシリーズの第三弾、ロボティクス・ノーツの情報が徐々に発表されていますね。あらすじに「陰謀」の文字が踊っており、興奮を隠せない次第です。第一弾のカオスヘッド、第二弾のシュタインズ・ゲートに続き今回も陰謀ものということで、もう陰謀アドベンチャーシリーズと呼称してもいいのではないかと思っています。

というわけで、この「ロボティクス・ノーツ」がどんな陰謀の物語を見せてくれるのか、現在発表されている情報から好き勝手に予想してしまおうと思います。主な情報源はファミ通.comの記事(現在五つ)とティザームービーです。



あらすじに関してはファミ通のこの記事を参照。
http://www.famitsu.com/news/201108/04047829.html
キャラクターの情報もファミ通のこの記事から。
http://www.famitsu.com/news/201108/09048113.html
ムービーは公式サイトのリンクから。
http://roboticsnotes.jp/



まずはムービーに登場する単語を全て書き出して、そこからどんな要素が出てくるのか考えてみる。


<宇宙ロボティクス計画><アノテーション><Augmented Reality><ポケコン><拡張現実><種子島><エグゾスケルトン><ワイヤレス電源><ガンヴァレル><キルバラ><試作一号機><プロパガンダ><タヴィストック研究所><お台場><ガンつくプロジェクト><コマンド入力><JAXA><幻の最終回><居ル夫。><流出事件><あねもね号集団失神事件><東京万博2020><沈黙の兵器><夢・創・造・博><カーボンナノチューブ><ロボット研究部><グランドオベリスク><コロナ加熱現象><見えざる支配者>

かなりそそる単語が散見される。これらを整理して、どんな風に物語に絡んでくるか予想してみた。



<アノテーション><Augmented Reality><ポケコン><拡張現実>

・今作のキーとなりそうな要素だ。あらすじによると、主人公たちが「君島レポート」なる陰謀の告発文をARで発見するらしい。一体どんな陰謀なのだろうか。ちなみに<アノテーション>とは、あるデータにそのデータの情報(メタデータ)をタグ付けすることらしい。ARだと、場所や認識した画像にくっついてくる注釈だ。


<種子島><JAXA><宇宙ロボティクス計画>

・今作の舞台となる<種子島>には、宇宙航空研究開発機構<JAXA>がある。どうやら主人公達はここと協力してロボットを作るらしい。ということは<宇宙ロボティクス計画>は、JAXAが行っている研究開発の一環と考えられる。宇宙開発といえば<プロパガンダ>と密接な関係があるので、ここで絡んでくるだろうか。


<エグゾスケルトン>

・パワードスーツとか強化外骨格的なものらしい。もしかしたら今回、ロボットに人間が乗るパターンもあるんじゃないか。


<ワイヤレス電源>

・最近科学ニュースなどで聞くことの多いガジェットだ。2019年にはどれほど実用化されているだろうか。これでロボットを動かすというのも大いにあり得る。


<キルバラ><ガンヴァレル><コマンド入力><ロボット研究部><ガンつくプロジェクト><試作一号機><カーボンナノチューブ>

・このあたりはだいたい記事に書かれている。<ガンつくプロジェクト>は主人公たちが所属する<ロボット研究部>の行う「ガンヴァレルをつくろうプロジェクト」みたいなものじゃないだろうか。<カーボンナノチューブ>はロボットの部品に使われそうだ。


<幻の最終回>

・これは何だろう。他の要素とつじつまを合わせるとしたら、アニメ版「機動バトラーガンヴァレル 」のお蔵入りになった最終回とかか。どう絡んでくるのかは予想がつかないな。


<居ル夫。>
・これが一番謎めいている。誰かのハンドルネームという感じもするし、都市伝説の名前っぽくもある。もしかしたら「やる夫」みたいなネット発祥のキャラクターかもしれない。そういえばこのシリーズは「ゲロカエルん」とか「うーぱ」とか、ヘンテコなキャラクターが毎回出てきていたな。


<プロパガンダ>

・陰謀の匂いがする!!


<コロナ加熱現象>

・JAXAの宇宙開発関連だろうか。コロナでは太陽フレアが起こり、それにより磁気嵐が発生して地球にある電子機器に影響を与えることがあるので、ロボットにトラブルがあるかもしれない。


<お台場><東京万博2020><夢・創・造・博>

・主人公たちの作ったロボットはここでお披露目されるのだろうか。お台場という場所は等身大ガンダムを意識したのかもしれない。万博とプロパガンダの相性は良さそうだ。


<グランドオベリスク>

・建造物だろうか。太陽の塔のような万博のシンボルとして使われそうだ。


<流出事件>

・「君島レポート」のことだろうか。流出というと、最近話題になったWikiLeaksを思い出す。暗躍する陰謀組織の実体を主人公たちが調べ、WikiLeaksに送信し全世界に公開とかあったら熱い。


<タヴィストック研究所><沈黙の兵器><見えざる支配者>

・まさしく陰謀論の世界である。<タヴィストック研究所>(タビストック人間関係研究所)はイギリスに実在する非営利組織らしい。Wikipediaの記事によると精神分析の研究をしていて(今もそうなのかは不明。心理学関連なのは確か)、コンサルティング(会社経営のアドバイス)なんかもやっている。しかし流石はWikipedia、陰謀論者の見解が余裕で掲載されているあたり熱い百科事典だ。で、記事のその部分によると研究は米国・英国の大衆プロパガンダのために使われており、っつーか洗脳だ。おなじみの。<沈黙の兵器>はこの研究所で作られた洗脳のためのマニュアルのことらしい。研究所と兵器、どっちのソースも某龍氏の著作がらみっぽいあたり、すごい影響力だったんだなーと感慨深い。二つともググると怪しげな陰謀関係のサイトがずらりと並んでいて、圧巻。
<見えざる支配者>は検索するとクトゥルーのTRPGとフリーメーソン関連の本が出てくる。でもシリーズ的に考えるとやっぱり300人委員会のことだろうか。このシリーズに登場する300人委員会は特にバックボーンがなく、実体のつかめない不気味な組織として描かれているところが魅力的だ。


<あねもね号集団失神事件>

・ググってもそれらしきものが出てこないので架空の固有名詞のようだ。あねもね号は船の名前だろうか。種子島と本土の移動に使われるあねもね号で、主人公たちに魔の手が……みたいな感じか。これが<沈黙の兵器>によって引き起こされたものなら、カオスヘッドばりの洗脳祭りが期待できるかもしれない。あの通信兵みたいなファッション、また見れないかなあ。



ネタが出そろったので、適当に物語を考えてみる。


中央<種子島>高校<ロボット研究部>に所属する八汐海翔は、機動バトラー<ガンヴァレル>を原作とする<ポケコン>で動く<拡張現実>ゲーム<キルバラ>の熱狂的なプレイヤーである。同じくロボット研究部の部長、瀬乃宮あき穂は実物大で実際に動くガンヴァレルを制作するプロジェクト、<ガンつくプロジェクト>を立ち上げる。
<コマンド入力>で動く<試作一号機>の完成でロボット研究部は一躍有名となり、廃部寸前だった部に新たなメンバーが加わる。<キルバラ>のプログラムを組んだプログラマーの一人で、ネットで流行しているキャラクター<居ル夫。>ファンの神代フラウ、ロボット工学に詳しい二年生、日高昴。そして空手の得意な少女、大徳純名の三人だ。活気を取り戻したロボット研究部は、新たなロボットの開発にいそしむ。

そんなある日、海翔は謎の少女愛理と知り合う。愛理はロボットに興味があるらしく、海翔と話が合うが、時たま奇妙な態度を見せる。
部のロボット開発は順調に進み、なんと<JAXA>との協力まで取り付け、<ワイヤレス電源>や<カーボンナノチューブ>、さらには最新技術の粋を集めた骨格パーツ<エグゾスケルトン>まで提供してもらうことになる。エグゾスケルトンはJAXAの宇宙開発、<宇宙ロボティクス計画>に利用されているほどのハイレベルな技術だ。
ところがある日、海翔は<Augmented Reality>で<アノテーション>されていた「君島レポート」なる怪文書を偶然発見する。そこにはJAXAの上層部だけが知る恐るべき陰謀、<タヴィストック研究所>で開発された<沈黙の兵器>を利用した洗脳の方法と、それが近年発生した<あねもね号集団失神事件>の元凶であるということが書かれていた。しかし海翔は内容を信じず、他の人間に話すこともなかった。

やがてガンヴァレルはほぼ完成にまでこぎ着ける。そしてなんと、JAXAの意向により<お台場>で開催される<東京万博2020>、またの名を<夢・創・造・博>に出展することが決まった。大人気の「機動バトラーガンヴァレル」が実物大で制作されるということで、この頃からロボット部は世間からかなりの注目を集めていた。しかし、JAXA上層部を裏で操る<見えざる支配者>の暗躍は誰にも知られることがなかった。たった一人、君島レポートを持つ八汐海翔を除いて。

ガンヴァレルの宣伝効果が著しく、万博には大量の客が訪れる。それこそが見えざる支配者、300人委員会の狙いであった。東京万博のシンボル<グランドオベリスク>は大規模な洗脳装置だったのだ。グランドオベリスクは音響カプラに似た特殊な音を発生させ、それにより人の脳に影響を与え催眠状態にしてしまい、<プロパガンダ>を植え付ける悪魔の機械であった。それに気がついたロボット部のメンバーたちは、陰謀を阻止するためガンヴァレルでグランドオベリスクを破壊しようと目論む。海翔の見事な操作によりグランドオベリスクは破壊されるが、崩れ落ちてきた瓦礫によりガンヴァレルは大破、万博会場も阿鼻叫喚の大惨事となってしまう。このことでロボット部の面々は陰謀の真相を知らない世間の人々から大バッシングを受ける。さらに部のメンバーは犯罪者とされ逮捕されてしまう。

しかし、(いつの間にか)愛理にかかっていた洗脳が解け、失われていた記憶が取り戻される。愛理は海翔から受け取った、父である君島博士のレポートをネットに流し、陰謀を暴き立てる。
この<流出事件>によりロボット部のメンバーの無罪が判明し、全員釈放される。めでたしめでたし。



……<幻の最終回>と<コロナ加熱現象>が余ってしまった。もう少し調整が必要だな。だが大体こんな感じに違いない。当たってたらうれしいし、当たらなくてもうれしい。



・部長が一番裏切りそうな顔をしている。二番目は眼鏡。果たして誰がスパイだろう。

・空手少女はモーションキャプチャーでロボットを動かして戦う、とかありそう。

・洗脳があるのはほぼ確定なので、あとは監視・盗聴・追跡なんかがあるとうれしい。今回も集団ストーカーは出てくるんだろうか。

・それからまた疑似科学にも出てきてほしい。これがあるだけでパラノイア感がかなり増す。

・ティザームービーの最後に鳴る音は音響カプラという通信機器の音らしい。音を電気信号に変えて通信するそうだ。初めて知った。

・君島コウ主人公の別人格説はどうよ。今までのパターンから推測するにもう一人の自分が登場する可能性は低くない。


*関連

Chaos;HAED NOAH、Steins;Gateの話

July 26, 2011

ハンターハンター(28)の話



著:冨樫義博

面白い。十八巻から続いてきたキメラアント編は山場の連続で、特に敵の本拠地に突入し、決戦の火蓋が切られてからはその展開が凄まじいのなんの。全てのキャラクターが隙のない最善の行動をとっていて、これが戦いを描くということなのかと圧倒されてしまう。死線をくぐり抜けるための行動に妥協があるはずもなく、そのせっぱ詰まった状況が生み出す緊張感が興奮を呼ぶ。命をかけた戦い、と言うとありきたりだが、まさしくそれがこの作品の魅力の一つだ。

キャラクターを構成する線は荒々しいが、それは瑕疵ではない。むしろ速さや力強さを表現するのならこれくらいの荒さのほうが向いているのかもしれない。webコミックの「ワンパンマン」だって、荒々しい線だからこそあの見事な迫力を持っているのだ。

漫画は絵と文字の組み合わせだ。だから絵だけでは表現できないものを言葉がカバーし、文字だけでは見えないものを絵が見せつける。この作品ではキメラアント編の決戦開始から、言葉を利用した演出がとても効果的に使用されている。表情や仕草だけでは表現し足りない心理の細部はモノローグが描き出す。しかし、それでもこぼれ落ちるものがある。それをすくい取る最後の網が、ナレーションだ。めまぐるしく変化する状況を、キャラクターの思いの向かう先を、つまるところ、単純に何が起こっているのかがナレーションによってひたすら記述される。見えるものはその存在を強調するように、見えないものはその状態が過不足なく伝わるように。俯瞰することでしか見えない全体像を記述することによって、複数の登場人物の意志が複雑に交錯する物語をぐちゃぐちゃで一貫性のない不明瞭なものにすることなく、確実に一つの物語として構成している。

それから、このキメラアント編は「幽遊白書」「レベルE」でも描かれてきたあるテーマの総決算になる予感がする。そのテーマは、理性はあるけど人間とはまったく違う連中がいて、そいつらが自分たちの行動原理に基づいて平然と人間を脅かすとしたらどうするんだ、というやつだ。もっと簡単に言うと、異なる文化のぶつかりあいだ。物語としてはエイリアンと人間の対立という様相なので、もちろんぶっ殺し合いになる。今までの作品ではなんとか避けられてきて、あくまでそれは予感でとどまっていたが、今作ではとうとうキメラアントという怪物が本格的な侵略を始めたので、ぶっ殺し合いになってしまった。いったいどうなるんだ。
それにしても、この作者は(特に今作では)人外を人外たらしめるために相当な思索を重ねているように思える。人間を食う、滅ぼす、家畜にする……こういった人間を動物として扱うような行動から、人間とは決定的に異なる思考のありかたまで、徹底的に人外を人間とは別の存在として位置づけている。それでも理解し合えるのか、やはりぶっ殺し合うしかないのか、その結末はとても予想できそうにない。
たぶん、この作品で一番フェティッシュなところは、この「人外」という要素だと思う。


このへんからネタバレあり。
28巻には恐ろしいシーンが二つある。一つはキメラアントの王と戦い、全てのオーラを使い果たしたネテロの肉体だ。それまでネテロは漫画ではよくある「達人」のキャラクターで、ハンター協会の会長といういわば味方側の大ボスという立場もあって、キメラアント編ではキメラアントの王を仕留める味方陣営の切り札として登場した。ネテロの肉体は老いてなお強靱で、そこに老人の弱々しさは一切存在しなかった。顔に刻まれた皺すら、年季が入った達人であることの証だった。王との戦いで片足と片腕を奪われても、いまだ肉体は力強かった。しかし、追い込まれたネテロは力の源であるオーラの全てを使用した攻撃を相手に向けて放つが、王はその渾身の一撃すら耐えきってしまう。そして、全てのオーラを使い切ったネテロの身体は、あまりに痛々しく衰え摩耗していた。それは死にゆく人間の身体だった。最後の一撃を破られたネテロは自身の身体に埋め込まれた爆弾で自爆するため、自ら心臓を止める。そこで描かれる裸のネテロは、筋肉は極端に痩せ衰え、体中細かな皺でびっしりと覆われていて、それを構成する線の一本一本が彼を死にゆく老人であることを証明していた。これほど恐ろしいものを少年誌で見せつけられるとは思っていなかったので、この回を初めて読んだときはかなりの衝撃を受けた。

そしてもう一つは、そのネテロの自爆で致命傷を負った王の姿だ。ハンターハンターではこれまで、手足が千切れたり頭が爆発したりといった残酷な表現をしばしば描いてきた。だけど、ここまでグロテスクな場面が今まであっただろうか。爆弾に焼かれた王の身体は、焼死体そのものだった。全身丸焦げにされても王はかろうじて生きていたけど、ここまで肉体が損傷していて、もはや死体のおぞましさと同等のものを感じざるを得なかった。破壊された肉体をここまで生々しく描くには、いったいどれほどの労力が必要なのだろうか。
ボロ切れのようになったネテロと黒焦げの芋虫のようになった王に感じた恐ろしさは同じものだ。肉体が壊されるということ、死んでしまうということをこれほどの迫力で描いた漫画はなかなかないだろう。

すさまじいほど面白い。誰かにおすすめの漫画を聞かれたら、真っ先に挙げるであろう作品だ。

May 22, 2011

虐殺器官の話

ネタバレがあるので、読んだ人向けの話です。

著:伊藤計劃

最近、人の死によって動かされる物語に興味がある。
伊藤計劃のスピルバーグ評「侵略する死者たち」(伊藤計劃記録に収録)では、近年撮影されたスピルバーグの映画は、みな死者によって動かされる物語であるということが指摘されている。特に「ミュンヘン」は、人間を動かす死者たちのイメージを歴史と結びつけた、死者にまつわるスピルバーグ映画の集大成である、というようなことが書かれている。それから伊藤計劃は、その死者たちのイメージが集積された概念的な空間を「死者の国」もしくは「死者の帝国」と呼んでいる。この、死者に動かされる物語は他にどんなものがあるだろいうかということを考えていた。おそらく、細田守の長編映画なんかがそうだ。登場人物の動機が、死者がいなければ決して成立しない物語。

「虐殺器官」も、そういう話だった。主人公のクラヴィス・シェパード大尉は、軍人としてさまざまな虐殺の現場を目撃してきた。彼の母親は事故で脳に損傷を負い、生きている人間なのか死んでいる人間なのか曖昧な状態にいるなかで、唯一の近親者であるシェパードは母の延命治療を中止する決断を下す。しかしそれは、本当に母のことを思っての決断だったのか、自分の中で重荷だった母から逃げるための行動だったのではないかと、シェパードは悩み続ける。やがてシェパードは、死のイメージに惹かれるようになり、たびたび夢に見る「死者の国」に安らぎを感じるようになる。ちなみに、シェパードが物心つく前に父親は自殺しており、遺書を残さず死んだ父に母は「呪われたのだ」という。

そして、シェパードの追う世界中で起きている虐殺の首謀者と目される男、ジョン・ポールもまた死にとりつかれている。彼の妻子はサラエボで起きた核爆弾によるテロで死亡しており、そのとき彼はプラハで愛人と会っていた。このことが彼の運命を変えるきっかけとなった。ジョン・ポールはテロを起こす恐れのある国家に潜入し、その国で虐殺を引き起こすことでいわゆる先進国、シェパードいわく「ぼくらの世界」にテロの矛先を向けさせないように仕向ける。彼は死を理由に、あらたな死をまきおこし、それにより別の死を防いでいたのだ。ジョン・ポールはそれを「自分が守りたいものを守るため」と言っている。

いっぽう、シェパードは彼を束縛していた母の存在が実は自身の思いこみによってかたち作られていたということを(最新のテクノロジーの力によって)知ることになり、その思いこみに束縛と同時に母の愛を見出していた彼は絶望し、ジョン・ポールの用いた虐殺の文法を利用して、アメリカを死のはびこる混沌の海へと導く。シェパードが自身を律することをとことん妨害し、彼を責任から遠ざけてきたテクノロジーの力が最後に与えたのは、母との断絶だった。もはやシェパードを安心させられるものは、ただひとつしか残されていない。「死者の国」だ。「アメリカ以外のすべての国を救うため」というのはもちろん嘘っぱちで、彼の目的は夢に見た「死者の国」を自身の目の前に顕現させることだった。母親のイメージを包んでいた「死者の国」だけが、最後のよりどころだったのだろう。この物語において死と愛は強力に結びつけられている。

伊藤計劃の作品は、死者の存在が物語のベースになっていることが多い。「ハーモニー」はまず第一に死への抵抗から作られた社会を舞台とした物語だし、未完となった「死者の帝国」は、まさに死者によって動かされる物語だ。おそらく、伊藤計劃はそういった死のイメージに思うところがあったのだろう。人はこの世からいなくなっても、死は遺りつづけ、あらたな人を動かすのだ。


余談だけど、伝奇には人の死によって動かされる物語が多いような気がする。「Fate/stay night」とか、「北神伝奇」とか。死者あってのオカルトだからだろうか。

May 17, 2011

弾幕STGの話

弾幕STGの腕前を10段階に分けると、自分は3程度の実力だ。
1はSTGにふれたばかりの初心者、2は少し慣れてきたかなという程度、3でようやく一作二作クリアできるといったところ。
4あたりからは中級者で、三作以上はクリアできる人たち。5は高難易度のモードや二週目などをクリアできる人。6は高難易度のモードを複数クリアしている人。5、6くらいになると難易度が低い作品なら高得点狙いの稼ぎプレイができる腕前だろう。このあたりからはもうスコアラーの領域となる
7からはかなりの上級者。もはや彼らの目的はクリアではなく高得点なのだ。8あたりは動画をアップすると「うますぎて参考にならない」とかタグをつけられてしまうレベル。9はトップランカー。10はよくわからん領域にいる人。見えているものが違う。怒首領蜂大往生デスレーベルクリアとかそのへんのクラス。
上にいくたび人が少なくなってくるピラミッド型の人口分布だ。俺は三段目でくすぶっている。どうして上に進めないかというと、攻略していく力がないからだ。STGを攻略するうえで一番必要なのが次にどういう攻撃がくるのか、どこから敵がくるのかということを暗記しておくという、いわゆる「パターン化」で、悲しいかな、俺には記憶力がちっともない。少なくともただプレイしているだけではパターンをほとんど覚えられない。ではどうしたら記憶できるのかというと、これはもうとにかく覚えることを意識してプレイするしかない。しかしそれには集中力がいる。悲しいかな、俺には集中力がまったくない。常にかすかな吐き気をもよおしており、根を詰めて作業するとすぐに悪化する。そしていつも眠く、ぼーっとしている。わりと人生に向いてないタイプの人間だ。なのでSTGを攻略するには、すごく体調のいい時を狙って一気にやるしかない。もちろんそんな日は滅多にないので腕前は上がらないままだ。
それからSTGをやるのにはもう一つ大事だと思っていることがある。自分の実力を見極めることだ。今の自分の実力では絶対に避けられない弾幕というものがある。それは最初からボムを使って回避することが前提だ(決めボム)。しかし問題となるのは、数回に一度くらいならかわすことができる弾幕だ。こういう弾で自分の実力を過信することなく、しっかりとボムを使用して切り抜けられればいいのだけど、実際はそうはいかない。たいてい気合いだけでなんとかしようとしてミスしてしまう。だから過信することはいけないが、自分を低く見積もりすぎてボムを連発してしまうようなやりかたは、終盤につけがまわってくる。進めば進むほど難しい弾が襲ってくるのだから、ちゃんとボムを残しておかなければ決めボムだってできなくなってしまう。でもボムを使わずに自機を落としてしまっては意味がない。やはり、そのあたりを見極めるバランス感覚が必要なのだ。
うまくボムを使うのは難しい。弾幕に追い込まれたとき、瞬時にボムを使う決断ができればいいのだが、そううまくいくことではない。だからミスする恐れのある攻撃では常にボムを使おうと身構えておくのも大事だ。だけど、常に身構えているのでは弾幕をかわすことが難しくなる。俺の中では、弾を避けることとボムを撃つことは別個の集中力を要するものなのだ。それからボムを撃つことに集中しすぎると、だんだん弾におびえるようになってきて緊張で回避のほうがおろそかになり、普段は避けられる弾でも力みすぎて失敗してしまうようなことがある。ある程度の自信を持たないと、回避する集中力は手に入らない。ボム頼りになってしまうのは考えものだ。決めボムだけで(本当は全く使わないで)クリアできるような状態を作り出すのが理想的なのだけど、そこまでの実力を手に入れるのはまだまだ先のことになりそうだ。というか、どうにかならないのかこの吐き気は。気合いが足りないのか、気合いが。

April 12, 2011

少女素数の話


著:長月みそか

双子のおんなのこ(中学生)の日常を描いた漫画。現在二巻まで発売されている。一巻のあとがきによると、この作品のテーマは「少女性の追求」らしい。まさにその通りの内容である。このへんに関しては俺が説明するのは野暮だろう。読めば必ず納得できるに違いないからだ。それくらい、少女の魅力を描き出すことに特化されたマンガなのだ。ストーリー展開はコメディタッチで、少女性をテーマとした漫画によくあるような重苦しい展開や残酷な描写はない。普通の、なんてことない日常にある少しだけドラマチックな一面を切り取ったかのような物語だ。単純に面白いの面白くないので言えば、滅茶苦茶面白い。俺はこういう、(ギャグでない)コメディ的な笑いにすごく弱いのだ。ボケやツッコミではなく、ただ起こるだけの「面白い出来事」が好きなのだと思う。もちろんこの漫画の面白さは、それだけではないのだ。

この漫画は全編グレースケールという方法で「塗られて」いる。ライトノベルの挿絵なんかではよく見るけど、漫画ではあまり見かけないやりかただ。カラーイラストを白黒にしたような質感で、トーン処理とは全く違った雰囲気が出ている。特にこの漫画ではグラデーションを多用しつつ背景もあますところなく塗られているので、全てのページがまるで一枚絵のようだ。そんなに塗りまくったらごちゃごちゃしてて読みづらいんじゃないか、と思いきや全くそんなことはないのだ。確かにこの作品、背景はかなり細かく描き込まれているし、どこもかしこもグレースケールの塗りが入っている。なので一コマ一コマの密度は、相当濃い。しかし、人物も背景もグレースケールという全く同じ方法で塗られているのでトーンで質感を出したときのような強調がなされず、全体がフラットな絵になっている(しいて言えば塗られていないフキダシだけが浮いている)。だから極端な話、セリフとキャラクターの表情だけでも「読める」。背景は何が描いてあるか認識するだけで注視しなくてもいい。漫画を読むのに必要最低限の部位を見ていくだけで話を追うことができるのだ。こんな風に読みやすさを実現している漫画を、俺は他に知らない。

それから、キャラクターの表情。これもすごい。この漫画の絵柄、というかキャラクターとその表情はシワの立体感や筋肉の動きを忠実に描いたようなリアル指向ではなく、記号的にかわいらしくデフォルメされた、いわゆる「萌え絵」だ。このデフォルメされた表情へのこだわりが半端ではない。例えば「歯」。男性キャラにはしばしば描かれるが、女性キャラにはめったに描かれない。どういうときに描かれるかというと、怒っているときや驚いているときだけだ。こうしたことから、この作品において歯は「あるから描く」のではなく「表情として必要だから描く」ものとして扱われている。こういう細部への情熱がこの漫画を魅力的なものにしているに違いない。
ちなみに二巻の巻頭のカラーページは、あんずとすみれという主人公の双子の少女がチョコレートをくわえている絵だ。すみれは歯を見せずチョコを食んでいて、あんずは歯を見せてチョコを噛んでいる。今のところ、作中ですみれが歯を見せるシーンはあるけど、あんずが歯を見せているシーンは(たぶん)ない。おそらくこの一枚絵では、表情ではなく噛むという行為を表現するために歯を描くことで、二人の性格の違いを表現しているのだと思う。

他にもいいところはたくさんある。水の描き方がすごいとか、おとなのおねえさんがかわいいだとか、見所を全て紹介しきるにはまだまだほど遠い。俺が見つけていない魅力的な要素も大量にあるだろう。とりあえず最後に一言だけ。この漫画、少女素数はすごく面白い。

March 10, 2011

東方プロジェクトの話

うまく語れない。STGとして語るには俺の知識と腕前が足りないし、元ネタならWikiを見れば事足りる。キャラ語りはキャラにあまり思い入れがないうえに二次創作ものはまるで知らない。消費のされかたなんかは俺が語れたことではないし、そもそもさっき書いたように二次創作界隈の知識がない。それにそのあたりの話は苦手だ。だからといって物語について語れるのかというと、全てのエンディングを見るほどの根性がないのでこれもだめだ。
なので適当に見えているところだけ語っていく。変な電波を発するに違いないので、アルミホイル必須。
そういえば書籍は求聞史記と儚月抄(漫画版と小説版)しか持ってないんだよな。香霖堂が未読なのはいろいろ致命的な気がするけど、まあいい。とにかく適当にやる。



・東方紅魔郷

吸血鬼狩り。これって東洋から見た西洋のイメージなんだろうか。たぶんそうだ、というか日本にいる人間が作ったゲームなんだからそうなるのは当たり前といえば当たり前なのか(卑怯な論理だ)。幻想郷は地理的には日本だしな。「幻想入り」というシステムはあくまで日本における「幻想」が入ってくるのであって、きっと海外の幻想はそっちの幻想郷的な場所が受け入れてるんだよなー、という感覚がある。いや、そんな設定ないだろうけど、なんとなくイメージとして。逆に言えば日本でもポピュラーだったら海外のものだとしても何でも入ってこれるということだ。
その先陣として吸血鬼様御一行というのはすごくいい選択だと思う。文化的異物と感染のイメージにより侵入者であることの必然性を持っている。レミリアの吸血鬼としてのイメージが支配者としての西洋とダブるのは、日本(咲夜)と中国(美鈴)を従えているせいか。咲夜はモデルが切り裂きジャックだろうから西洋側だけど。そもそも支配者のしてのイメージは美鈴のテーマ「明治十七年の上海アリス」から来ているところが大きい。レミリアが美鈴を従えているところが、上海租界や清仏戦争といった西洋の東洋進出と重なるのだ。意図しているかしていないかは別として(たぶんしてない)、東方プロジェクトにはこういう風にイメージが符合していくものが多い。それは恐らく「吸血鬼」とか「妖怪」とか「神話」といった抽象度の高い要素が共鳴しやすいせいだろう。登場するキャラクターはみな、より多くの概念を包括する概念をそのまま擬人化しているような感じる。「巫女」や「魔法使い」といった要素に固有の人格をあたえキャラクターとして成立させているというような具合だ。オカルトの膨大な文脈が直にキャラクターと接続されているので、土台の強さが、彼女たちの背後にある得体の知れないものが強力に感じられる。また、スペルカードというシステムもキャラクターの魅力を引き立てるのに一役買っている。スペルカードはキャラクターの持つ象徴的な要素と接続されていて、相互的にそれらの魅力(こういうのを「強度」って言うのか?)を高めている。
それからミステリ関連の元ネタも多い。「そして誰もいなくなった」みたいな古典を除けばだいたいノベルス系が元ネタなんだよな。このへんは神主の趣味が出ていて面白い。
ところで誰か紅魔館の建築様式がどこらへんのものなのかわからないだろうか。外観は求聞史紀とか儚月抄に乗ってるので、誰か詳しい人たのむ。内装はさっぱりだ。
……紅魔郷はこんなところか。もう特に言えることはないな。こんなもんなのだ。



・東方妖々夢

オカルトそのものを元ネタにすると同時に、紫の「あらゆる境界を操る程度の能力」みたいなオカルトを客観的に分析する民俗学の重要な概念であるところの「境界」を持ってきてるように、あるものを取り入れたらその外部情報も含めて取り入れるようなところが東方の特徴的なところだ。前の項で書いたように、「吸血鬼」とか「妖怪」のような概念としてあるものを作品に取り入れるとき、単なる属性の一部としてだけではなく外部情報もまるごと取り込んでいる。先の例でいえばオカルトに対する民俗学だ。それから今更だけど、東方が持ってきているのはオカルトじゃなくて「幻想」だ。ここでいう幻想が何なのかについては儚月抄のときに書いたので省く。と、もう書くことがない。妖々夢の話を全然していないな。桜が死と象徴的に結びつけられた意匠として使われているのに軍国主義のイメージが全く見えない、というか省かれているところは流石だと思う。それから「生と死の境界」はあとで儚月抄でも取り上げられる。そこで語られるのは死を司る幽々子にもってこいのエピソードだ。
橙、藍、紫の三人の名前が光の波長から取られているのもいい。俺の中ではある種のサブカルチャーに相性のいい学問というのが勝手に設定されていて、光学もそれに含まれる。他には天文学、量子力学、あとはクオリアとかそのへんの領域が含まれる。今気づいたが、どれも似たような哲学的問いに絡んでくるな。そういう理屈でカテゴライズしていたのか。たぶんこの手の学問を物語の要素として使っている人たちは、そういう方面を指向しているのだろう。



・東方永夜抄

この永夜抄~儚月抄ラインが伝奇的に一番フェチい内容になっている。しかし儚月抄のときに大方書いてしまったので、何を書いたらいいかさっぱり思いつかない。輝夜の「永遠と須臾を操る程度の能力」で異なった歴史を複数持つことができる(求聞史記)こととか、慧音の「歴史を創る程度の能力」とか見ると、「歴史」というものに対するスタンスがここでいう「幻想」とほとんど同義の扱いになっているように思える。それは創作物であり、ただの認識の一つであり、改変すら可能で、常にifを指向している、現実でありながら虚構と表裏一体の存在である、というのが伝奇における歴史という概念の解釈だ。伝奇はフィクショナルなものを集めた物語だというのは俺の勝手な定義付けにすぎないが、わりと間違っていないと思う。もちろん東方プロジェクトはこの中に入る。
東方における歴史は先に述べた伝奇的な解釈と同一で、フィクショナルなものとして扱われている。霊夢のテーマ、少女綺想曲の解説にある「今回のゲームの裏テーマは「幻想と言う名の古き記憶」です。」という記述の「幻想と言う名の古き記憶」は「歴史」とダブる。細部に関していえば、慧音の弾幕が語る記紀の時代から人間宣言まで続く神話的存在としての天皇ともにある歴史と、ありえたかもしれない可能性を見出せる分岐点。出雲神話の一片であり古事記には収録されているが日本書紀には記述のない、因幡の白兎という物語を元にした因幡てゐというキャラクターの存在。八意永琳のスペルカード、覚神「神代の記憶」と神符「天人の系譜」。輝夜の能力は「異なった歴史を複数持つことができる」ということ。藤原不比等(竹取物語に登場する車持皇子のモデル)と血縁関係(五女?)であることが示唆されている、歴史の裏から生み出された藤原妹紅という少女。どれも歴史というものが持つフィクション性に関わるものだ。加えて竹取物語という日本最古のフィクションは幻想と歴史を近似のものとして語るこの作品の下敷きにもってこいの題材だ。
極めつけは鈴仙・優曇華院・イナバと月にまつわる物語。彼女の名、鈴仙(冷戦)・優曇華院(竹取物語)・イナバ(因幡の白兎)だけでも多岐にわたる情報に接続されていることが明確にわかる。特に、月が人間の侵略にあった際、幻想郷に降りてきた彼女の名が「レイセン」であったことは興味深い。一番明確な由来は「冷戦」だ。月の民と人間の戦争は、冷戦時に行われたアポロ計画による人類の月面進出を伝奇的に解釈した、幻想サイドから見た宇宙開発であることは「月に自分達の旗を立て、自分達の物だと言って好き勝手やっている」ということや、八意永琳のスペルカードに天呪「アポロ13」があること(計画の失敗が幻想サイドの作為によるものだということが示唆されている)ことから見て取れる。人間の侵略により月から逃げ出してきたウサギにレイセンと名付けられていることは、事の発端、この幻想を創り出しているものが冷戦であるからに他ならない。
それから、前にも書いたがアポロ計画の持つ魔的なイメージは、前人未踏であり神秘の地だった月の幻想を打ち消したことだけではない。それは歴史を創り出すという神話を紡ぐことや歴史書を編纂することと同等の行いだったのだ。アポロ計画は幻想を破壊するという理性的で現実的な一面と、歴史を紡ぐという幻想とともにある魔的な一面を併せ持っていた。永夜抄ではこの二面性をうまく利用して、一方は幻想の敵として、もう一方は「幻想という名の古き記憶」として物語に取り込んでいる。



続きは機会があったら。
この東方プロジェクトってのは基本、変な話で、ババババーと弾幕が飛んでくる画面の裏にはいい意味で居心地の悪い物語が潜んでいる。それは大量に引用されたオカルトが生み出す奇怪な曼荼羅であり、異文化がひしめく地に住まう少女たちの会談であり、幻想という死者たちの叙事詩なのだ。そういったものが紡ぎ出す心地のいい違和感が、たまらない。

February 17, 2011

ザック・スナイダーの話



映画監督。
スタイリッシュかつバイオレンスな映像が特徴的。今回は彼が監督した四作品について適当に語る。ネタバレは、たぶんなし。



ドーン・オブ・ザ・デッド

ゾンビが 出てくる ので殺す。
なんか知らんけどゾンビが大量発生。どうやら人から人へ感染していくタイプらしく、街はそこら中ゾンビまみれ。怖ろしい。しかもこのゾンビたち、速い。すごく速い。全力疾走してくる。腕力も強い。人、かじる。物、こわす。それほど強いゾンビが掃いて捨てるほど大発生しているのだがらさあ大変だ。そこで何人かの男女が運良くショッピングモールにたてこもることに成功。果たして彼らの運命はいかに。という話。

まず、ショッピングモールでサバイバルというシチュエーションがよい。俺もゾンビが街にあふれたらショッピングモールに逃げ込むことにする。楽しそうだ。実際、映画の登場人物たちはわりと気楽に過ごしている。ゾンビ大発生+ショッピングモールで遊び放題という非常にロマンあふれる状況は、誰もが布団の中で妄想したくなるような魅力を持っている。特に好きなシーンは、中盤にあるショッピングモールで生き残った人々が牧歌的に暮らしている映像が軽快な音楽とともに流れていくところ。屋上からゾンビ撃ったり、セックスしてみたりと、死の一歩手前にいるのに自分たちの置かれた状況を楽しんでいるのだ。このシーンを見ているとわーいいなーって気分になる。前半のせっぱ詰まった状況から一転、つかの間の安らぎを手に入れた人たちの安心感とこれはこれでいいんじゃねえのという投げやりな感じが伝わってくるいいシーンだ。

このあと彼らはショッピングモールを脱出して新天地を見つけようとするのだが、ここでいよいよ脱出に使うため改造に改造を重ねたバスが登場する。対ゾンビ用に特化されていて、とても変態的な外装と機能を備えているたまらない一品だ。


ゾンビがたくさん出てくるけれど、ホラーというよりはアクションとバイオレンスに重点を置いた作品なので、多少グロテスクなものが平気なら誰にでも勧められる一作だ。変態的なバスが見たい人もぜひ。



300

兵士が 出てくる ので殺す。
時は紀元前。スパルタはペルシャとの開戦を迎えようとしていた。大量のペルシャ兵を迎え撃つのはたった300人のスパルタ兵。しかしスパルタの兵はどいつもこいつも屈強な精鋭中の精鋭だった。という話。


とにかくスパルタ人が強い。ほぼ半裸なのに強い。幼少時から剣の稽古をつけられていたり極寒の地に腰布とヤリだけで放り出されたりムチでしばかれたりと、モンスターファームだったらモンスターが家出してるくらいひどい教育をされているせいか、やたら屈強に育ってしまった男たちが300人。これでは数万人にもおよぶペルシャの軍も苦戦せざるを得ない。しかしペルシャの軍勢も負けてはいられない。世界中から集めた珍奇な戦士たちが大集合、動物だってやってくるぞ。それでもスパルタ人は倒せない。地獄のスパルタ教育を受け、幼い頃から暴力のプロフェッショナルとして育てられてきたスパルタの王、レオニダスと彼の率いる戦士たちがそう簡単にやられるはずはないのだ。それでもペルシャの王クセルクセス(やたらでかい)は引き下がらない。色モノだけではだめだと踏んだのか、とうとう「不死の軍団」と呼ばれるつわものたちが登場する。漆黒の衣服に銀色の仮面が映える。血で血を洗う戦いのゆくえはいかに。

とにかく戦闘シーンがかっこいい。スローモーションと早回しという二つの演出が殺陣を彩る。この映画はスパルタの男たちがいかに格好良く敵をぶち殺すかということに重点が置かれているに違いないので、戦闘シーンには並々ならぬ迫力がある。ほとばしるバイオレンス。切られた首が落下するシーンまでスローモーション。断面もあるよ! ひたすら敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げる話なのでグロテスクな場面も多い。血があまり飛び散らないので下品な感じはあまりしないが、残酷なものが苦手な人は避けたほうがいいかもしれない。去年テレビで放送されたが、かなり編集されていた。残酷な場面が平気ならひたすらかっこいい戦闘が楽しめるはずなので、派手な殺陣が見たい人、スパルタ人の腹筋にときめける人はぜひ。



ウォッチメン

ヒーロー 出てくる ので殺す。
もしコミックに出てくるようなヒーローが実在して、歴史が変わっていたら。そんな歴史改変SF映画がこのウォッチメンだ。舞台は冷戦時代のアメリカ。かつて仮装をして自警団をやっていた者たちがいた。その後彼らは引退し、新たな世代がヒーローとして活躍することになる。それがウォッチメンとよばれるヒーロー集団だ。その中には一人、引退することなくヒーローを続けていた「コメディアン」という人物も含まれている。彼らの活躍によりアメリカはベトナム戦争に勝利。しかしその後、ヒーローたちによる活動は法律で禁止されてしまい、ウォッチメンは解散となった。そんな中、ウォッチメンの元メンバー、コメディアンが何者かの手によって殺害される事件が発生。同じく元メンバーである「ロールシャッハ」は、彼の死の真相を追い始める。という話。

殺伐とした雰囲気が特徴的。死の真相を究明するという点は、ある種のミステリでもある。それにしてもすごい話だ。登場するヒーローはどいつもこいつもちょっとおかしい連中だし、ヒーローがいたからといって世界が平和になるわけでもなく、彼らの存在意義すら疑わしいという状況でヒーローものをやろうとするのだから、どこかおかしな話になるに決まっている。こういうのをアンチヒーローっていうのだろうか。ヒーロー同士の人間関係も愛憎入り混じった複雑なものになっている。何でこいつら好きこのんでヒーローなんかやってたんだという疑問すら湧いてくるほど、ヒーローらしからぬ人物たちが続々登場するのだ。しかしそれでもヒーローをやり続けるにはどうしたらいいのか、そして冷戦という時代において、どう戦うことができるのか。その答えは作中で明示される。アンチヒーロー・歴史改変・冷戦時代という三つの業を背負ったこの物語、かなり面白いので未見のかたはぜひ。ドンパチもあるよ!



ガフールの伝説

フクロウ 出てくる ので殺す。
いや、あんまり死なない。この映画は児童文学を原作とした、少年少女が見ても大丈夫なように作られている3Dアニメーション映画なのだ。だからバイオレンスな場面はあんまりない。血も出ない。どういう話かというと、フクロウの少年が邪悪なフクロウ軍団にさらわれて、反乱したりする。だいたいそんな話。フクロウに文明があるところが面白い。ほとんど人間と変わらない生活をフクロウが送っているのだ。火を扱えるので、鍛冶をやって鉄のかぎ爪を作り出すというフクロウにあるまじき行為を簡単にやってのける。賢いとかいうレベルではない。世はフクロウの天下なのだ。ちなみに他の動物も出てくるが、活躍するのはやはりフクロウである。なぜかというと、この世界においてフクロウは特殊な能力をもっているからだ。ガンダムでいうところのニュータイプと同じような特殊な感覚が存在するらしく、その力はフクロウの「左脳」で発揮されるらしい。だから作中では、やたらと「左脳で感じろ」「左脳で感じろ」というセリフが登場する。スターウォーズでいうところの「フォースとともにあれ」ってやつだ。どういうふうに左脳を使っているのかは不明だ。きっと風が読めたり直感が鋭くなったりするのだろうが、いまいち役に立っているのかどうかわからない。特殊なエフェクトが入るわけでもなく、ただ飛んでいるだけだからだ(一度だけ超スローでかっこよく飛んでいるシーンがあるけど、それきり)。しかし「左脳で感じろ」というフレーズが面白いため、何ら問題ない。

フクロウ同士の戦闘シーンは相変わらずのスナイダーっぷりで、スローモーションが多用され金属の「シャキーン」という音もたくさん入る。こういうところは、しっかりとかっこいい。3Dで再現されたリアルなフクロウ同士の戦いが観たい人、定期的にフクロウを見ないと喀血してしまう人におすすめの一作だ。左脳で感じろ。



こんな感じです。特に大作の「ウォッチメン」がおすすめです。ヒーローとIFの歴史という組み合わせにときめきます。左脳で感じろ。それから四月には新作の「エンジェルウォーズ」(原題:Sucker Punch)が公開されます。精神病院で美少女が妄想と戦うという面白すぎる設定なので、たいへん期待。